代表的研究成果

 

1 アンチ進化心理学 その1
 
 
 進化心理学的考え
 

  「男は性的な浮気に傷つき、女は精神的に傷つく」、古くからの大衆的な観念。

 これは単なる絵空言ではなく、太古の昔、人類が狩猟生活をしていたころに獲得、現在もその影響を受け継いでいるという。Buss は、そのような説明をすることで、一躍、著名な研究者になった。Buss の考えは、進化心理学という哲学に支えられている。

 

 Bussの手法は簡単。男女に、「性的浮気」と「精神的浮気」、どちらが傷つくか、を尋ねる。男女を比較すると、「性的浮気」を選択した者は、女性より男性の方が多く、「精神的浮気」を選択した者は、男性より女性の方が多かった。加えて、Bussによれば、両浮気を想像させて際、性的浮気に対して、女性より男性方が生理的反応が強く、精神的浮気に対しては、男性より女性の方が生理的反応が強いという(実際に提示されたデータはそうではないのだけれど・・・)。

 

 このように面白おかしい研究は、世間にあっという間に広がった。

 

 しかし、多くの研究者たちは、「こんなのおかしい」。そう思った。

 そして、たくさんの研究が行われた。結果は、Bussの主張に反するデータだらけ。Bussの研究には、たくさん問題があるけれど、いくつかの問題を列挙。

 

(1) 男性あるいは女性において、「性的浮気」と「精神的浮気」を比較すると、Bussの言う通りにはならない。つまり、少なくとも50%以上の男性が「性的浮気」を選択し、少なくとも50%以下の女性が「精神的浮気」を選択するわけではない。あくまで、「性的浮気」あるいは「精神的浮気」を選択した男女を比較すると、Bussのいうような結果が得られる。

 

(2) Bussは「性的浮気」と「精神的浮気」、どちらか傷つくと思った一方を選択させる方法を用いたが、別の方法、たとえば、どの程度傷つくのか評定法を用いたり、VASを用いたりする方法では、Bussの言うような結果にはならない。

 

(3) 現在、親密な交際をしている男女や、実際に浮気を経験している男女を対象にすると、Bussの主張する結果は得られない。

 

(4) 男女に「性的浮気」や「精神的浮気」を想像させても、生理的な反応において、男女に有意な差は確認されない。

 

 進化心理学者たちは、反証実験・調査をしたが、それらのデータは、進化心理学の専門雑誌には掲載されるのだが、なぜだか、心理学、行動科学、生物学などの専門誌には掲載されない(なぜ?)。

 

 ただ、不思議なことに、「性的浮気」と「精神的浮気」の一方を選択させると、「性的浮気」を選択するのは女性より男性が多く、「精神的浮気」を選択するのは男性より女性のほうが多い。これは、多くの研究において一致している。

 

 でもなんで?

 

 そこで、僕の研究。僕は、こう考えた。

 進化心理学的な説明は間違い。やっぱり、Bussの言うような現象は起こらない。

 

 単純に、男性は性的な事柄を想像するのが得意で、女性はロマンティックな想像が得意なだけ。

 

 女性も、男性が性的な浮気をする場面を、十分に想像することができれば、Bussの言うような現象は起こらない。

 「性的浮気」そして「精神的浮気」に対して、男性も、女性も同じ程度、傷つくはず。

 

 このような仮説に基づいて、Bussと同じ手法(性的浮気と精神的浮気、どちらかを選択させるという方法)を用いて行った実験が、Archives of Sexual Behavior誌に掲載された。

 

Kato, T. (2014).

A reconsideration of sex differences in response to sexual and emotional infidelity.

Archives of Sexual Behavior, 43, 1281-1288. doi: 10.1007/s10508-014-0276-4

 
 
   僕は、こんなヘンテコ研究、認めるわけにいかないと、膨大な時間を割いて、この実験をしたんだ。
 
 
 
  このテーマに関するこれまでの研究(Bussの研究も含めて)は、単に、被験者にパートナーの浮気場面を想像させる、という、とてもとても安易な手法。
 
 
  しかし、僕は、こりにこったんだ。性的浮気、精神的浮気ストーリーを作成して、52インチのTVで流して(52インチだぜ。世界のKAMEYAMAさ)、本当に、浮気をされたような思いを被験者にさせたんだ。事前に被験者から借りていた恋人の写真を差し込んだり、声優学校に行っている人に頼んでストーリーを朗読してもらったり、浮気現場を映像化して提示したり、凝りに凝った実験なのだ(被験者のみなさんすみません。被験者には、あらかじめ、パーソナーの浮気場面を想像させる実験だということは伝えているよ)。
 
  すると、どうだろう、女性は、性的浮気を十分に想像することができ、結果として、男性と女性との間に、有意な差が見られなくなったんだ。
 
  もちろん、このような映像を見せなかった群では、Bussの言うとおり、「性的浮気」を選択する被験者は、女性より、男性の方がより多くなったけどね。
 
 
 
  やっぱり、おかしな現象は、じっくり調べてみなきゃ。
 
 
 
  面白おかしいから、といって、すぐに、すぐに飛びついちゃいけない。この姿勢こそが、アンチ・ポップサイコロジーさ。
 

 

同じ研究テーマで、以下のような論文も書いている。いずれも、進化心理学によるBussの仮説が誤りであることを実証したものなんだ。

 

Kato, T. (2022). Sexual jealousy in males: The evolution of a specific mechanism for sexual jealousy. In T. K. Shackelford (Ed.). The Cambridge handbook of evolutionary perspectives on sexual psychology. Vol. 2. Cambridge UK: Cambridge University Press. Pp. 426-450. 

 

Kato, T. (2022). Effect of relationship status on response times to sexual and romantic stimuli among Japanese undergraduates in a memory task. Archives of Sexual Behavior, 51, 601-610. doi: 10.1007/s10508-021-02149-8 

 

Kato, T. (2021). Gender differences in response to infidelity types and rival attractiveness. Sexual and Relationship Therapy, 36, 368-384. doi: 10.1080/14681994.2019.1639657 Kato, T. (2014). Testing the Sexual Imagination Hypothesis for Gender Differences in Response to Infidelity. BMC Research Notes, 7:860. doi: 10.1186/1756-0500-7-860

 

下記の研究はメタ分析の結果をまとめたもの

 

加藤司(2017)メタ分析による浮気に対する性差の再考 行動科学 第53巻 第2号 137-149頁

この論文に関する補足資料(32頁:PDF): KL2006-001

 

 

inserted by FC2 system